- 2017-3-19
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すべては運命
おばちゃんと近所の小学生の男の子が、夕方に八百屋の前で立ち話をしていた。
男の子はランドセルをしょっているところを見ると、学校帰りらしい。
八百屋では他に数人の主婦たちが、野菜や果物を品定めしていて、
店の中ではラジオの情報番組がBGM代わりに大きな音で流れていた。
しばらくすると、八百屋で流れているラジオの情報番組が、
ニュースコーナーに切り替わった。
「19日午前8時頃、新宿区北糸森町の交差点付近で、軽乗用車が道路わきのコンクリートの壁に衝突しました。
この事故で、歩道を歩いていた小学4年生の〇〇〇〇君が全身を強く打ち、同日16時頃死亡しました」
放送がそこまで流れたとき、おばちゃんが会話をさえぎり男の子に言った。
「ちょっと今のニュース聞いた?北糸森町で交通事故だって。わりと近くじゃない。
小学4年って言ったらあんたと同じでしょ?」
男の子もラジオが聞こえていたようだ。
「僕は今5年生だって、おばちゃん。それと北糸森だと学校は違うけどね」
「ああ、そうだったわね。ごめんごめん。
でもその小学4年の子、かわいそうにねぇ。きっと運命だったのねぇ」
おばちゃんの言葉を聞いた男の子は、不思議そうな顔で質問した。
「小学生で死ぬ運命なんてあるの?」
おばちゃんはその素朴な質問に一瞬とまどったが、少し考えてからこう言った。
「そうねぇ、あんたはまだわからないと思うけど、
運命っていうのはね、最初から決まっているものなのよ。
実はすべてが運命として、生まれてきたときから決まっているの。
覚えておくといいわ」
男の子は不思議そうな顔をしている。「運命」という言葉は知っているようだが、
まさかそんな意味があるとは思っていなかったのかもしれない。
男の子は、おばちゃんに聞いた。
「『すべては運命』ってホントなの?」
「そう。すべては運命なのよ。あんたにはまだちょっと難しいかもしれないけどね」
おばちゃんは何も知らない子供をさとすようにそう言った。
それを聞いて男の子がどこか不満げに尋ねた。
「じゃあさ、このあいだ観客が1,500万人を突破したっていう、大ヒットしてる『お前の苗字は。』ってアニメの映画があるけどさ、
あれが大ヒットしたのも、何かの運命なの?」
「そう、そういう運命があったの」
「監督に?」
「監督にも声優さんにも主題歌の歌手も、みんなこの映画に出会うことが
最初から決まっていたの。運命よ」
男の子はどこか納得できない表情をしている。さらにおばちゃんに尋ねた。
「テレビでやってたんだけどさ、監督は1日15時間の下書きみたいな作業を
半年間もずっと続けたらしいけど、そういうのも運命なの?
家の棚にあった古今和歌集とかいう本から話のヒントを得たそうだけど、
するとその本を監督が買ってきて、家に置いてあったことも運命?」
「そういうことね」
男の子は軽く口を尖らせた。おばちゃんの話に何か納得できないらしい。次の瞬間、何かを思い出したように言った。
「このあいだ、スマホをやりながら運転していたトラックに、クラスの友達がひかれたんだよ。」
「あら、ほんとに?かわいそうに」
「友達はそれで大けがしたんだけど、そういうのも、運命?」
「そうよ、そういうのはまさに運命よ」
「そのトラックの運転手が、運転中にスマホを見ようと思ったことも、友達の運命になるの?」
「そうなるわね」
そこまで聞いても、男の子は納得できない顔をしている。
少し考えたあと、思い出したように言った。
「運転手がスマホを見ようと思ったのは、歩道をミニスカートのお姉さんが
歩いていたのを見て、よくわからいんだけど『ムラムラしてしまった』って言ってたんだ。
それでなんとなくエロサイトを開いた、って言ってたんだよ。
だったら、そのミニスカートのお姉さんが、そのときトラックの近くを歩いていなければ、
おっさんはスマホを見ることもなく、友達は事故に逢わなかったんだ。
お姉さんがその時、その歩道を歩いていたのも、友達の運命なの?」
「まあそういうことになるわね」
「そのお姉さん、事故の目撃者としていろいろ証言してくれたんだけど、
お姉さんは部屋の置き時計の電池が切れて突然動かなくなったから、
急いでコンビニに電池を買いに行くところだったんだって。
お姉さんの部屋の時計が電池不足で、そのタイミングで止まったことも、友達の運命になるの?」
「まあそういうことね。結局すべては運命なのよ」
「知らない人が持ってる時計が止まるタイミングまで自分の運命なんだ。知らなかった、そうなんだ・・・」
この世の現実を初めて知らされた男の子の表情が一瞬曇った。が、次の瞬間、また何かを思い出したように言った。
「・・・あ、でもその友達は学校に遅刻しそうになってさ、
たまたまいつもより遅い時間に家を出て、事故に遭ったんだ。
遅刻しそうになった理由は、前の晩に遅くまで面白いテレビ番組をやっていて、
見ようか迷って、結局それを見ちゃって夜更かししたんだって。だから寝坊したって。
だったらさ、友達がテレビを見ようか迷って、結局見ちゃった判断も、
最初から決まっていた運命ってこと?
夜遅くにその番組を見なかったら、あいつはいつも通りに朝起きて、事故には合わなかったわけだから」
「そういうことね」
「あ、でも友達が見た番組が遅い時間に放送になったのは、
野球の試合の生放送が延長したからだったよ。
その野球の延長のせいでさ、その後の番組が全部40分繰り下げになったんだって。
僕さ、その野球の試合をテレビで見てたんだよ。
すごい試合でさ、4点差から9回裏で選手が満塁ホームランを打って同点になったんだ。
感動するすごい試合だったけど、あのとき同点になったせいで
野球放送が延長になったわけだから・・・
・・・あれ?じゃあその選手がホームランを打ったことも友達の運命になるの?」
「あんた何を言ってるのよ」
「だって、あのとき選手がホームランを打たなかったら、
そこで試合は終了するから、友達もいつもどおりの放送時間にテレビを見て、
朝遅刻することはなかったはずだよ」
「うーん、まあそうなるわね」
「でもさ、僕少年野球やってるんだけど、野球ってピッチャーが投げた『球のスピード』とか、
ピッチャーが投げる瞬間の『一瞬の手の動き』や、『ボールを握るわずかな指の角度』に影響を受けて
ボールがバッターの方に飛んでいくじゃん。
そのときに吹いている『風の強さ』も微妙に影響するしさ、
バッターが握ってる『バットの角度』がちょっと違うだけで
ホームランになるかどうかは変わってくるんだよ。
そんなバッターが持つ『バットの角度』やその瞬間のピッチャーが投げた『球の球質』や
打つ瞬間のバッターの『力の入れ具合』なんかも影響して、ホームランになるかどうかが決まるのに、
それら全部が最初から決められた友達の運命になるの?」
「しつこいわよ、全部運命なの!」
「そうかぁ・・・。もし友達の事故が運命だったなら、その試合が奇跡的に
満塁ホームランで延長することも最初から決まっていたことになるのかぁ。
てことはスポーツの結果って、最初から全部決まってる、ってことなの?
だったら勝負する意味ないじゃん。頑張る意味ないじゃん。」
「屁理屈言うんじゃないの!とにかくね、細かいことはともかく、
そのお友達はどっちにしろ事故に合う運命の人だったの。運命ってそういうものよ」
「えーそうなんだ・・・。なるほど、わかったよ。
全部最初から決まっている運命だったってことは、つまり人間には
自分が自由にいろいろ考えて、自分で判断して、自由に自分の意思で生きていくことは
不可能だってことなんだね。
そうかぁ。そうだったんだ。
すごくよくわかったよ、大事なことを教えてくれてありがとうおばちゃん!バイバーイ!」
数分後、近所のマンションの向こうから、ドスンという大きな音が聞こえた。
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