- 2013-8-21
- 元アメブロ記事(13年2月~14年5月、修正中)
こんにちは!早稲田集中力研究会の中西です。
昨日は野球でビッグな出来事が2つありましたね。野球ファンの方にとっては、たまらない一日だったのではないでしょうか。
<今日のピックアップ>
前橋育英高校が甲子園初出場、初優勝 (スポーツナビ)
イチローが日米通算4000本安打を達成 (MLP.jp)
前橋育英高校の甲子園初出場、初優勝が決定した同じ日、イチローが「日米通算4000本安打」という歴史的偉業を達成しました。
うーん、両者とも、あまりにも素晴らしいニュースですね。野球ファンならずとも、感動してしまう2つの野球ニュースだったと思います。
このブログの読者さんは、大学受験生と資格試験の受験生が半々くらいになってきてるのですが
個人的には、今回のニュースで前橋育英高校のニュースに大学受験生を、イチローのニュースに資格試験受験生の皆さまを、勝手に重ね合わせて見ておりました。
ハッキリとした「終わり」のある高校野球と大学受験はとても似ていると感じますし(両者は年齢的にも同じ)
ハッキリした「終わり」のないイチローの戦いと、資格試験受験生の戦いは重なる部分が多いと感じるんですね。
資格試験の受験というのは、いっけんすると「合格」という明確なゴールがあるようにも見えますが、
厳密には、試験が終わってからがスタートで、そこから長いキャリア人生が続くという意味では、ゴールのない戦いであるわけです。
そういう観点でみたときに、昨日のイチローのインタビューは、様々な意味で、とても参考になる部分が多かったです。
こういう自分とまったく土俵の違う人であっても、何らかの偉業を達成した人の言葉というのは、必ずと言っていいほど大きな学びが得られるもの。
このブログの読者さんにはあまりいないかと思いますが、こういうニュースに接したときに、
「野球選手の話でしょ?そんなの自分に関係ねーや」と考える人と、
「偉業を達成したイチローの言葉から、何か学びを得られないか?」と考えるタイプの人がいるわけですが、
この両者の考え方の違いというのは、時間の経過とともに、本当に大きな差を生み出して行くものなのです。
きっとこのブログをお読みいただいているような意識の高い方には、後者のタイプが多いかと思いますので、
今回はいつもと趣を変えて、イチロー選手の日米通算4000本安打の会見から、
とくに受験生の参考になりそうな部分、私が個人的に大きな気づきを得られた部分を、引用してご紹介したいと思います。
イチローの会見には、ふだんこのブログで受験生によくお話していること重なる部分も少なくなかったので、引用ごとに解説を加えようかとも思ったのですが、
中途半端に私が解説を加えるよりも、彼の会見(記事です。けっこう長かったです)から参考になりそうな部分だけ引用して、あとは各自で解釈してもらったほうがいいと判断しました。
以下、イチローの会見から、私が読者さんに「これはぜひお伝えしたい!」と思った箇所のみピックアップします。
そこから何を感じるかはあなたの判断になりますが、4000本安打という、これまで歴史上3人しか成し遂げていない大偉業を達成した人物の言葉から、
あなた自身の今後の学び方・生き方・働き方への、何らかのヒントが得られないかを、探すようなつもりで読んでみてほしいなと思います。
では以下より、昨日のイチロー選手のインタビューから、一部抜粋したまとめ集になります。どーぞ!(以下、MLP.jpより抜粋)
「誇れることがあるとすると、4000のヒットを打つには、僕の数字で言うと、8000回以上は悔しい思いをしてきているんですよね。
それと常に、自分なりに向き合ってきたことの事実はあるので、誇れるとしたらそこじゃないかと思いますね」
「プロの世界でやっている、どの世界でも同じだと思うんですけど、記憶に残っているのは、上手くいったことではなくて、上手く行かなかったことなんですよね。
その記憶が強く残るから、ストレスを関わるわけですよね。これは、アマチュアで楽しく野球をやっていれば、いいことばっか残る。でも、楽しいだけだと思うんですよね。」
「4000本を打つには、3999本が必要なわけで、僕にとっては、4000本目のヒットも、それ以外のヒットも、同じように大切なものであると言えます」
「これからも失敗をいっぱい重ねていって、たまに上手く行ってという繰り返しだと思うんですよね。
バッティングとは何か、野球とは何か、というこことをほんの少しでも知ることが出来る瞬間というのは、きっと上手く行かなかった時間とどう自分が対峙するかによるものだと思うので、
なかなか上手く行かないことと向き合うことはしんどいですけど、これからもそれを続けていくことだと思います」
「(今年40歳という年齢に対して)だからそういう年齢に対する偏った見方というのが生まれてきたんでしょうね。そういう歴史が、気の毒と言えば気の毒ですよね。
そういう偏った見方をしてしまう頭をもっている人に対してお気の毒だなあと思うことはあります」
「ヤンキースのユニホームを着て思ったことは、数字のこととか、どうでもよくなるんですよ。
(中略)そこに入った時に全体の絵としてきれいに収まるかどうかっていうのが僕にとっては大事であって、それがスタンドから見て、上から、いろんな角度から見た時にきれいに見えれば、
きっと僕はヤンキースの一員というか、そこにはまっている選手ってことになるので、実は数字よりもそういう要素の方が僕にとっては大事、大切にするんですよね」
─失敗をすることでストレスになるという話があったが、自分の気持ちを一定にするために自分をプッシュするものがあるのか?
「なにをやりながら…自分をプッシュしてきたわけではなくて、毎日同じことを繰り返す、厳密に言うとすべて同じではないんですけども、そういうことで自分を安定した状態にもっていくというテクニックはあると思います。
ただ、それを毎日継続できたとしても精神が常に安定するとは限らないんですよね。ただ、その時点の自分でできることを、考えられることをやっておきたいということですね。
それでも結果的に不安定な状態になることはもちろんありますし、もちろん、その割合が多いとは言わないですよ、時々そういうことがあるということですね。
特によくない結果だったり、難しいゲームの後というのは、気持ちを整理することはとても難しい状態にあることがあるので、いつも続けていることをまた続ける、
その日も続けることが時々、しんどいなあと思うことがありますけど、そこは頑張りを見せるとこでしょうね。それは自分で続けてきたつもりです」
「自分は野球選手として、人間として成熟できてるかどうか、前に進んでいるのかどうか、ってことはいまだにわからないんですよね。
そうでありたいということを、うーん、信じてやり続けることしかできない。
実は、今までは自分が成長しているとか、前に進んだってことを明確に感じることはできていないんですよね。
それがこれからも続いていくんでしょうけど、どこかの時点で野球とはこういうものだ、打つこととはこういうことだ、
生きるということはこういうことだ、とか、そういったことが少しでも見えたらいいなとは思いますけども、
現時点では皆さんの前で発表できることはないです」
─今まで体が勝手に反応したことが、最近は脳が指令を出すことでプレーが生まれるというようなことはあるんですか?
「どうでしょうねえ。うーん、昔できたことが今はできないみたいなことは見当たらないんですよね。昔考えなかったようなことを考えるようになったってことはあると思います。
なので、40になる年なんですけど、いろんなことを考えなくてはいけない、過去の自分と現在の自分を客観的に見てどうなのか、ということは大切なことだと思うんですよね。
そういう目を持ちながら見たとしても、ネガティブなことが見つからないんですよね。ちょっと白髪が増えましたけど、あとはどうですかねえ。
(中略)疲れが取れづらくなったとか、疲れやすくなったとか、足が遅くなったとか、肩が弱くなったとか、今のところないようです」
「なんか、野球に関して妥協はできないので、まあもうちょっと、なんだろうな、ま、休みの日は休め、こっちの人みんな休むじゃないですか、
そういう事ができないんですね僕は、ま、そういう自分がいる事は仕方のない事なので、そうやって諦めます」
─他の選手はどこかで満足している。イチローさんはない?
「いえいえいえ、僕満足いっぱいしてますからね、今日だってもの凄い満足してるし、いやそれを重ねないと僕は駄目だと思うんでうよね。
満足したらそれで終わりだと言いますが、とても弱い人の発想ですよね。
僕は満足を重ねないと次が産まれないと思っているので、もの凄いちっちゃい事でも満足するし、達成感も時には感じるし、でもそれを感じる事によって、次が産まれてくるんですよね。
あの意図的に、こんな事で満足しちゃいけない、まだまだだと言い聞かせている人は、しんどいですよ、じゃ、何を目標にしたらいいのですか、
嬉しかったら喜べばいいんですよ。と言うのが僕の考え方ですけどね」
「たださっきも言ったように自分の中でまだ変化がない状態の中で、年齢に対する僕以外の人たちのとらえ方でわずらわしいことはいっぱいありますよ。
(中略)
僕が使ってるものって野球の道具って最高のものなんですよ。僕がしてるトレーニングとかも、これが最高かどうかは人によると思いますけど、何十年も前の人たちのそれと比べたときに、考えられないようなトレーニングなんですよね。
それを続けている僕がその(年齢の)くくりで何か評価されるというのは、残念ですね。
ある年齢になるとこうなっているだろう、まあなっていて欲しいという思いがそこに何か垣間見えてちょっといやなんですよねぇ。
うーん。それは先輩たちがなかなかやってきてくれなかったので、まあそういうきっかけを作るっていうのは僕、僕たちの大きな使命であるという風に思っています」