- 2026-10-27
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こんにちは、中西です。
ソフトバンクグループの孫正義さんが、海外の女性記者らしき方からインタビューを受けていました。
それが3分ほどの動画にまとめられてアップされていたのですが、短い動画ながらも非常に興味深い話をされていました。
私が印象に残った孫さんの言葉を一部列挙しますと、
「もうAIなしでは生きられない。1日たりとも手放せない」
「平日は3時間、休日は1日7時間AIを使っている」
「すごく生産的で、すごくワクワクする」
「AIを使うと頭を使わなくなるとみんな言うが、全く違う。逆だよ、逆」
「どの業界、どの専門を目指すにしても、超知能と組み合わせれば、その分野の未来で成功できる」
「今やAIは僕の考える相棒だ」
こんな感じの話をされていたのですが、私自身は非常に共感を覚える内容でした。
ちなみに、インタビューでも話されているのですが、孫さんには有名なエピソードがあります。
16歳のときに、当時の日本マクドナルドの創業者である藤田田さんに会いに行き、「今、何をすべきか」ということを聞いたという話です。
もし同じようなことをこれからの若い人に聞かれたら、孫さんは何と答えるか。
インタビュアーの女性がそう質問したところ、孫さんの回答は「AI」でした。
この回答自体は普通だと思いますが、やはり孫さんほどの国内トップクラスで多忙な方が、平日は1日3時間、休日は1日7時間もAIを使っているというのは、
まさにそれだけの価値があることを孫さん自身が認識しているということでしょう。
実は、孫さんが毎日これぐらいの長時間、AIと向き合っているという話は、ChatGPTが出てきた2023年あたりからずっとされていました。
あれから3年ぐらい経っていますが、いまだに同じようにAIと向き合っているということは、やはりそれだけの価値があるという確信があるからだと思います。
私も最近、AIで様々なプロダクトやコンテンツを作っていて、また様々な人のAIの話を聞いて、
一つ間違いなさそうだと感じているのは、今すでにAI格差が相当なところまで進んでいるだろうということです。
これはもう、ほぼ間違いないと確信しています。
AIを使いこなしている人は、ものすごいところまで使いこなしていますし、使っていない人はほとんど使っていません。
しかも、AIを使っていない人は、AIを使いこなしている人の情報収集もしていないので、
使っている人がどのレベルでAIを活用しているのか、全く想像ができないわけです。
想像ができないゆえに、
「AIを使っても、大して人生は変わらないんじゃないか」
という勝手な思い込みに着地してしまう。
周りにもAIを使いこなしている人の話を聞かないので、AI格差が見えないところでどんどん進行している実態にも気づけない。
そんな感じで、見えないところでAI格差がどんどん拡大しているのは、ほぼ間違いなさそうです。
AI自体は、さすがに今では誰でも多かれ少なかれ使った経験があるでしょうし、普段から調べ物などで使う人も増えてきています。
ただ、やはり重要なのは、どういう次元で使っているかということだと思います。
大きく分けると、AIの使い方にはインプットとアウトプットがあるわけですが、
これはAI以前の時代も同じでした。
例えば、本ばかり読んで大量にインプットしたところで、それだけでは人生は何も変わりません。
しかし、自分自身は頭が良くなったとか、知識が増えたような感覚になるので、
本ばかり読んで情報収集し、どんどん頭でっかちになっていく。
ところが、それだけでは現実は変わりません。
現実が変わるのは、何らかの形でアウトプットをすることです。
そのアウトプットというのは、もちろん行動も含めます。
いずれにしろ、学んだことを何らかの形でアウトプットしなければ、人生は変わらないというのが普遍的な法則だと思います。
極端な話、インプットはほとんどせずにアウトプットから入り、
アウトプットをしながら必要なインプットをしていくというやり方で、人生がうまくいっている人もいるわけです。
もちろん、インプットの重要性を否定するつもりはありません。
ただ、それだけでは足りないということです。
これは食事と運動の関係に近いと思います。
食事をするのは大事ですし、いいものを食べるのも大事なのですが、それだけで体力がつくわけではありません。
やはり運動もする必要があります。
いいものを食べて、運動もするからこそ健康になれるわけです。
逆に、いいものばかり大量に食べてブクブク太り、一切運動しなければ不健康になってしまいます。
これと同じで、インプットとアウトプットのバランスが大事だというのは、AI以前から存在する普遍的な原則だったわけです。
これはAI時代にも、おそらく同じでしょう。
AIでインプット系のことばかりしていると、AIを十分に活用できず、宝の持ち腐れになる可能性が非常に高くなります。
AIを使ってどんなアウトプットをするか。
これが間違いなく、AI格差時代の勝者になるか敗者になるかを分けると思います。
その意味で、孫さんが平日は3時間、休日は7時間もAIと議論してアイデアを出し合っているとおっしゃっていましたが、
これはアウトプットを前提にしたAIとのブレストのようなものでしょう。
実際、英語で回答されていましたが、「ブレスト」という言葉を使っていました。
そして、そうである限り、頭を使うのは必然になります。
自分で考え、頭を絞ってアイデアをひねり出し、それをAIに投げかける。
このプロセスは、当然ながら頭を使っているわけです。
ところが、インプット中心にAIを使うとなると、頭はあまり使わなくなります。
何か調べ物をするとか、単純に教えてもらうといったことでも、AIならAI以前の学びより非常に大きな学びが得られます。
ただ、それは頭を使っていることとは違うと私は思います。
少なくとも、AI時代に生き残るための頭の使い方というものがあるとすれば、
それはAIを使ったアウトプットを前提とした、AIとのキャッチボールです。
そのようなAIとのキャッチボールをしている人は、頭を使い続けるわけですから、
頭が悪くなるといったことは、どう考えてもありえないと思います。
逆に、アウトプットを前提とせず、ただAIで何か調べ物をしたり、質問して教えてもらったりしているだけでは、
あるいは大学生がよくやっているような、面倒な課題をAIに丸投げするレベルの使い方だけでは、
どんどん頭が悪くなっていく可能性は高いと思います。
そして、孫さんがおっしゃっている「すごくワクワクする」という感覚が得られるのも、
間違いなく、アウトプットを前提としたAIとのやり取りです。
インプット系のAIとのやり取りでワクワクするというのは、それなりにはあるのですが、やはりアウトプットのワクワク感にはかないません。
確かにAIからのインプットは、やり方次第で非常に面白くもなりますし、インプット自体も非常に効率的になります。
ただ、それはあくまでインプットという枠組みから脱却できていないわけです。
私自身は両方をしっかり経験しているので、はっきりわかりますが、
アウトプットを前提にしたAIとのやり取りの方が、圧倒的に知的興奮が得られますし、ワクワクもします。
そういった感覚を、AIを使っていてまだ一度も得られていないという方は、少し危機感を持つぐらいでちょうどいいと思います。
では、具体的にどういう感覚なのか。
体感で言うと、頭をひねって、うんうんとうなりながら出てきたアイデアや言葉をAIに投げかける。
それによってAIから返ってきた、より深掘りされた回答や、より多角的な視点からの回答で、新たな発見や気づきがある(ここで1つワクワク)。
それを、さらに自分なりに咀嚼する。
そして、またよく考えながら、頭をひねって、うんうんとうなりながら出てきたアイデアや言葉をAIに投げかける。
すると、AIの回答によって、思いもしなかった角度からの解決策や新たな道が見えてくる。(ここでまたワクワク)
こういう感じです。
つまり、自分でもなんかすごく頭を使っているなぁ〜という実感が湧いているかどうか。
その実感を持ってAIとやり取りできているかどうか、そのプロセスで知的興奮を得られているかどうか、ということです。
普通の単なる調べ物レベルでは、そういった頭を使っている実感や知的興奮レベルのワクワク感は得られないと思います。
孫さんやAIをうまく駆使している人が実践しているのは、体感的にはそういう感じのAIとやりとりです。
それをやっている人は、まるで将棋をやっているようなもので、
頭を使いながらもワクワクして、AIと対局できる面白さを日々感じているのです。
そして、その経験の蓄積がAIスキルの差にもなっていきます。
数年前からこのメルマガでも、AI格差が今後拡大していくという話をしてきました。
そして、この2年ぐらいで、その格差は間違いなくものすごいところまで拡大していると思います。
ただ、一番怖いのは、そのAI格差が全然見えないところで進んでいるということです。
今からでも全然間に合いますので、もしアウトプットを前提としたAIの使い方ができていないと感じる方は、
AIとの向き合い方を、もう一度改めて考えてみるといいかもしれません。
※参考
孫正義「もうAIなしでは1日も生きられない。週末は1日7時間くらい使う」「AIで頭を使わなくなる?まったく逆だ」(Boson)
https://youtu.be/bGP6ViIWcwE?si=0oluYUzM2OrHYJ_x


集中力研究家&コーチ中西の







