- 2026-3-17
- ChatGPT
こんにちは、中西です。
昨今の「AIのリスク」についての話は、スマホの話と似ている部分がある気がしています。
スマホが登場して普及し出してから15年ぐらいは経っていると思いますが、
いまだにスマホを利用すると頭が良くなるのか悪くなるのか、若者にとって悪影響なのか、
プラスの面が大きいのかデメリット面が大きいのか、といった議論は尽きません。
結局のところ、メリットとデメリットの両方があるということでもありますし、
どの観点で見るかによっても結論は変わってくるのだと思います。
それと同じで、AIの利用についても、今後も長期間にわたってメリットとデメリットが延々と議論されていく気がしています。
AIについてChatGPTが登場した初期の頃から言われているリスクとしては、利用者の考える力(思考力)が奪われるのではないか、という懸念点です。
特に学生さんなどの若い人の間で、論文やレポートや宿題をそのままAIに丸投げするような使い方が一部で横行して問題になったりもしました。
最近はそういった話題をあまり聞きませんが、AIが考える力(思考力)を奪うのか、低下させるのかといった議論は今後も尽きないだろうと思います。
私自身はAIの使い方というよりも、「AIを使うマインドセット」の時点で思考力を低下させるのか、
AIをうまく利用して思考力を深掘り・高めることができるのかが分かれるのではないかと今のところ思っています。
1つ間違いないのは、AIを使うことで、自分1人では到底行きつくことができなかった結論や、新しい発想や新しい切り口、
自分になかった視点・観点を教えてくれることが多い事実です。
例えば現在、アメリカとイスラエルがイランを攻撃していますが、その攻撃自体や高市政権の反応などについて、
ニュースなどを題材に自分なりに意見を考えてみて、その意見をAIに投げかけて
「こういう考え方をどう思う?」
と聞いてみるだけでも全く違います。
その自分の意見に対してAIが様々な視点で回答をしてくれるので、一気に視野が広がるわけです。
当然、自分の知らなかった観点や自分が見えていなかった要素も教えてくれますし、場合によっては自分の意見の粗にも気づけることもあります。
また、そうやってAIがこの問題のポイントを独自にまとめてくれたものに対して、様々な疑問や知らない用語なども出てくることはありますので、
その都度、知らないことや感じたことを投げかけて、AIに自分の考えを整理してもらうこともできます。
自分の意見がどの程度妥当かを教えてもらうことも可能なわけです。
この壁打ちと言いますか、AIとのキャッチボールを繰り返していくと、
自分1人では堂々巡りをして到底行きつけなかったレベルまで、広く深い視野でイラン戦争やホルムズ海峡の問題を理解できるようになります。
これはどう考えても、考える力が奪われているとは思えません。
もちろん、最初からAIに丸投げしたり、何も自分では考えずにAIが出した答えをそのまま丸暗記するようなやり方では思考力も深まらないでしょうが、むしろその方が疲れるように私は思います笑
シンプルに誰かと話すように、AIとの気軽な会話を通して、1つのテーマについてどんどん深掘りして、
自分が感じたことや思ったこと・考えたことをさらにAIに投げかけて深掘りしていけばいいわけです。
同じ1つのテーマでも様々な角度から考察することもできますので、1つの角度からの考察が終わったら、別の角度から考察してもいいと。
ホルムズ海峡の問題であれば、日本がアメリカに対してどういう距離の取り方をすればいいのか、
イランに対してどのように接すればいいのかといったテーマもあれば、
現在備蓄を放出している原油の枯渇するリスク、それが生活に及ぼす影響、
ガソリン代の高騰による物価高はどうなるか…などの観点で考えることもできますし、
高市総理のパーソナリティの観点から考察することもできます。
あるいは、過去の同じような状況の時に日本はどのような対応をした歴史があるのかを調べることもできるわけです。
そんな感じで、1つのテーマを深掘りするにしても様々な角度から深掘りすることができますし、
そうやって複数の観点から深掘りすることで立体的にそのテーマについて認識することができますので、記憶にも定着しやすくなるわけですね。
それはAI時代ならではの新しい勉強の仕方でもあると思いますし、
そういったAIとのキャッチボールで学んでいくやり方で「思考力が奪われる」というのは、私の中ではちょっと感覚的にありえないような気がしております。
いつの時代も、新しいツールやメディアが出てきた時に否定的に語る論調は常にありますからね。
漫画が普及した時も「漫画を読むとバカになる」とか、ゲーム・ファミコンが普及した時も「ゲームばかりしていると頭が悪くなる」とか、
ネットが普及した時も「ネットばかりして本を読まなくなったらバカになる」とか、
スマホやタブレットが出てきた時も、子供時代から使うと大変なことになる、みたいな話が山のようにありました。
余談ですが、私の姪っ子は幼少期からタブレットをよく使っていて、当時私は若干心配してたのですが、
結果はいつも学年トップの成績となり、部活のキャプテンで生徒会長、習字や絵で多数表彰され、高校も特待生枠みたいなので合格しました。
その割に全然鼻にかける部分がなく謙虚なので、私からすると「人生何周目なん?(・・;)」という感じなのですが、
少なくとも彼女は幼少期からタブレットを結構使ってても悪影響は見られませんでした。
その手の言説がすべて間違っているとは思いませんし、実際にそういう要素もあったと思いますが、
新しいものに対するデメリットについての過剰反応と言いますか、必要以上に大げさな不安視をしてしまうという傾向は、常にこれまでもあったといえます。
当然、AIもそういった過剰な不安視にさらされるリスクは高いと私は思っています。
その1つが、「AIによって考える力が奪われる」みたいな言説です。
これで考える力が奪われる人は、もともと考える力がない人なのではないかという気もします。
むしろ上記でお話しした通り、AIをうまく利用することで物事を多角的に見ることができるようになったり、
そのプロセスで楽しく学びながら考える力も養えるような気がしているのです。
一方で、研究によってはAIを使うリスクが見て取れるものもありますので、
結局のところ、AIそれ自体が悪いというよりも、AIを使う人間側の1人1人がマインドセットをどのように持つか、という部分が1番大事なのではないかと思いますね。
その意味で、いわゆるAI格差というのは、AIとの向き合い方の格差でもあるのかもしれません。
いずれにしろ、AIもネットもスマホも、無くては人生が成立しない時代に入ったので、
それら文明の利器との向き合い方については、今後も当面は考え続ける必要があるのだろうと思います。


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